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ミディ運河の歴史(詳細)

カルカソンヌとミディ運河の間には長い歴史と様々な出来事があります。

当初、カルカソンヌは地形の問題のためミディ運河の計画から外れていました。

運河をカルカソンヌまで引き入れるためには2kmもの延長が必要でその分の追加予算が市参事会に求められましたが、交渉は決裂。結局1681年の開通時には運河はカルカソンヌから2kmもそれていました。

運河が町を通らないことの経済的打撃は予想以上で、西40kmに位置するカステルノダリとの差は歴然となりました。

1686年、ルイ14世治世下の軍事建築家ヴォーバンが町と運河をつなぐ小運河を提案。この案は1750年から1754年にも町の技師ルイ・ペリシエによって検討されましたが、フレスケル川と運河の交差という問題にぶつかりました。そこでカルカソンヌは運河を直接町に引き入れることを提案。1787年に工事が開始されますが、技術的な問題が立ちはだかり遅滞しました。

最終的に、1810年5月31日にカルカソンヌ港、マレンゴ橋、イエナ橋の工事が終わり、カルカソンヌにミディ運河が開通しました。